Age matters  

特に日本社会では、何をするにも「年齢」が大事で、年齢によって損得があるのも現実です。

人生100年時代を生きる上で、この「年齢」の壁をどうやって超えていくのかが、50代からの生き方の大きな課題だと思います。

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先日、いつも通っているヘアサロンの50代の男性が、

「歳いってから新しいこと始める人って、恥ずかしいだけだよぉ。」

と語っていました。この「恥ずかしい」っていう言葉が正に日本人的な感覚だと思いました。私の場合は、外国人が多い職場で多様性の価値観がある環境に長く居たので、きっと、普通の人達と感覚はズレているのかと感じてはいます。
所謂、普通の日本人のこの世代の人達が、何かこの年齢になってから新しいことに挑戦することが、

若い人にとっては大きな迷惑になるし、周りにも恥ずかしいこと。

確かに、一般的には仕事でも運動でも、若い人の方が成長意欲も高く、ポテンシャルもあり、同世代同士で競いながらも、ガツガツ頑張っていく力は高く素晴らしいと思います。素直で、新しいことを吸収していくことも早いですよね。

年齢が高くなると、余計な知恵も付き、他人の意見を素直に受け入れなかったり、理屈っぽかったり、とかく扱うのが面倒臭くなるのも確かにあると思います。

先日、ジムでもこんな会話を耳にしました。若い男性が60代のおばさんに声を掛けられていて、

「ホント若いのっていいわよね。私なんて先がもう短いし、何やってももう駄目だわ。」

若い男性は、「そんなことないですよ」(苦笑)と照れながら返答していましたが、このおばさん、私が見ている限り、結構な運動を色々な器具を使いこなして真面目にやっていました。

つまり、口から発していることが本音ではないのですよね。

きっと、健康維持の為に毎日真面目にジムに通い、それなりに変化も感じて自分の中では満足を感じていながらも、

若い人と必死に運動をやっている自分が周りからは、恥ずかしいおばさんと思われてはないか。

と考え、口ではこんな台詞を発してしまったのだと私は観察しました。でも、別に誰にも迷惑を掛けずに、ジムで運動していることがなぜ「恥ずかしいという感覚」になってしまうのかが、日本人の年齢による「見え方」の問題なんでしょうね。

英会話でも、若い人より、60、70でも流暢な英語を話す人は沢山みてきました。でも、なぜか人前で英語を話すことが「恥ずかしいこと」になってしまいます。特に日本人同士で英語を話す場合、年配者は控えめになって、英語を話せることさえも隠す傾向がありました。

私の再就職サポートでも、担当者によって反応は違います。リクルートの方の担当者は、私が英語に拘りたいことや、職場環境などで求めている価値観などを良く理解してくれ正に良きアドバイザーですが、一方で、産業雇用安定センターの方は、1回目の面談以降、メールの返信もなく、推測するに、私が要望しているような仕事なんてないし、「面倒なおっさん」と思われて、無視されているかと察し、サービスをお断りする連絡を私の方から入れました。

新しいことを始めることに年齢は関係ないとは言われますが、若い人よりも大きなハンデも、差別も高い壁もあることは理解しておくべきだと思います。

それでも、新しいことや好きなことを年齢に関係なくやっていきたいと思うなら、

ぶっ飛ぶくらいでないとだめだと思っています。

中途半端に周りに合わせたり、世間体を気にしたり、人に変だと思われたくないとか考えているなら、新しいことなんて、確かに歳いってからやらない方がいいかもです。

筋トレだって英会話だって、90歳のおじいさんがバリバリだったら、恥ずかしいとはならずに、むしろ尊敬しかないですよね。(笑)

40,50代だとまだまだ中途半端な立ち位置になりがちですので、新しいことをやっていきたい方は、ぶっ飛ぶくらいで。そして、普通に暮らしていきたい方は、恥ずかしいと思われることをやらないでください。

どちらの人生をこれから進んでいくかは、自分自身の選択です。

少しだけ変わった人ではなく、ぶっちぎるくらいに変わった人でないと、周りの負けて、中和されることでしょう。

視野を広く持つ意味でも、英語を覚えて、世界中の人たちと会話を楽しみたいですね。

逃げどころがないと、流石に、自分も日本社会の中だけでは、ただの変人になってしまいますので。(笑)

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