Social desirability

あたたの行動軸は、他者からの評価を強く意識したものですか?それとも、あくまでも自分自身を軸とした行動を重視する方でしょうか?

今回の世界的なパンデミックによる感染予防策にもそれぞれの国の文化の特性などが顕になった面もあります。

日本人は、他人を異なった行動を取るより、他人と合わせた行動をすることを好みますので、感染予防策として、マスク着用が重要だと言われれば、ほぼ全国民がマスクを装着していました。

しかしながら、一方で、アメリカやヨーロッパなどではどうだったでしょうか?

政府がマスク着用を義務化する法律を立てるなど、個人の意思に委ねると、アメリカやヨーロッパなどでは、周りに合わせた行動を取ることを個々人に期待することは出来ませんでした。

日本人は、自分だけが異なった行動をすることが苦手ですし、周りに合わせた方が楽だと考えます。

Social Desirability

マスク着用に個人の自由意志だと言って抵抗する人の方が珍しかったかと思います。

ワクチン接種においても、同様の反応が見られました。

特に欧米では、強制力を持って接種を進めないと、個人の自由意思に任せておいては予防策としての接種率を上げていくことは不可能でしたし、実際、今でもワクチン接種に抵抗している層が多くいるのも現実です。

海外では、マスクやワクチンを強制したり、義務化したりすることは、個人の自由を損害することで、憲法に反するという主張で戦っている人も多くいます。

しかしながら、社会的なマジョリティーに好まれる行動を強く意識することで得られるメリットも沢山あります。

組織での意思決定もスムーズになりますし、何よりも、周囲から好かれることは間違いないでしょう。

一方で、日本では少数派になる個人の意思をあくまでも重視する考えの人は、組織内では少し息苦しい存在になりますし、周りからは煙たがれる人間として扱われるかもしれません。

そもそも一つの事象に関して、自分の頭で考えて、どのように反応するか自分の意思で決めて行動する人がどのくらいいるでしょうか?

どちらかと言うと、自分の頭で考えるより、周囲の反応を見て流れるように行動する人が多いのではないでしょうか。

イデオロギーが強い人は面倒な人で厄介な人と刻印されます。

決まったことを何も考えずにやってくれる若い社員の方が好まれますし、いちいち抵抗してくる社員では上司も大変なのは事実かもしれません。

社会的な義務感で、何となく長く仕事をして、人付き合いを卒なくこなして日常を過ごしている。

確かにそんな生き方を長くしてきた人が、会社勤めもなくなり、有り余るほどの時間を手にしても、自由に生きることが本当にできるかは疑問です。

自由とは、自分の頭で考えて、自分が信じるように生きて、周りがどうであれ、自分が楽しめて好きなことがやれることなのかもしれません。

日本が自由な国かどうかも疑問があります。

個人の自由より、組織や全体に合わせることを強要されている感もあります。


異なった文化や、様々な年齢やバックグランドを持った人の考え方を自然に受け入れていくことは、同質を好む日本には多くの課題があると思います。

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